雪しんしん・・・・・山形の画家 後藤栖子先生

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      霞城公園大手門前、東土手の桜・後藤栖子


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        著書多数・・・


十年以上前のこと。墨絵がしたくて、思い切って七日町の彩画堂という絵画に関する道具を置いているお店に行きました。

ちょうど今日は墨絵の教室日だから、2階へ上がって見ていったら?と言ってくれましたので行ってみました。

絵の先生は、今はいっぱいだね~と簡単に断わり、ま~せっかく来たんだから見て行きなさいと言われました。

その内、あんたもスケッチしてみたらという先生のお言葉で、紙をいただき、隅っこに掛けて描きました。

どんな先生かも知りませんでした。


あれ!○○さんしばらく来ていないよね!どうしたの?
入院したんですけど、なかなか回復しないんですよ~。
あっつ、そう~~
じゃああなたこの次から来てもいいよ!!

ラッキー!!
というわけで、早速入会しました。
後でほかの方から、待っている人が沢山居るんだよと言われました。

それから一年は、毎回スケッチです。
花や干物の魚、かぶや大根・・・ETC 。
風景のスケッチ会にも行きました。

いくら経っても、ボタニカルアートから抜けないね~
描く線が多いし、細いし、強弱がない。

そんな冷たいことばかり言われていましたが、やっと一年経ちました。さ~~
いよいよ墨絵に入りました。
春蘭の葉っぱ、椿の葉っぱ、線・・・嬉しくて夢中でした。

先生は時々絵の中に俳句を入れておりました。
ママンもまねをして入れていましたら、俳句の会に誘われました。
会の人ではママンだけでした。
黛まどかさん主催のヘプバーンという会で、しばらく、投稿したりしました。

ある日、先生の絵のスケッチの中に、こんな句が書いてありました。

雪しんしん 死ぬる時には こんな日に

ママンはびっくりしました。
先生、こんな悲しい句・・・

いいべぇ?
あるのは雪のふる音だけ・・・理想だな~

先生はもうすでに2度目の癌を得て、杖が無いと歩けませんでした。
でも抗がん剤の治療は拒否なさっていると聞きました。

父は芥川賞作家、後籐紀一氏
本人は画家であり、俳人です。
   

その後、ひいじいの介護に終始したり、家庭環境の変化で、お稽古も止めてしまったママンです。

それからも、先生は癌の転移と戦いながら、今年1月2日 雪しんしん と降る日に他界しました。
ほとんど最後まで筆を執って教えていました。

雪がしんしんとふれば、先生の句と、病気を抱えながらその道を絶やさず歩いてきた生き様が蘇ります。
パッチワークの先生の法事の席で知りました。


追加 1・31
先生の本の中にこんな一節があります。

体が悪くなくても出来ない事がある。体が悪くても出来る事がある。


もし、26歳の時病気をしなかったら、絵筆を持ち直すことも無く、もし50歳で再び病気にならなかったら、つくしやすみれの花に目をこらすことはなかったでしょう。私を支えてくれた全ての友人に感謝します・・・と。



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デッサンから墨絵を描く様になって3ヶ月で、初めての作品展。下手だけど、一番思い出の絵です





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この記事へのコメント

2008年01月30日 09:48
ちょっとご無沙汰してしまいました。
久しぶりにママンさんのブログ開けたら、飛び込んできたすばらしい絵!
先生の人となりが伝わるような土手の桜も本当に素敵ですが、
ママンさんの椿の絵に感動しました。
やはり基本のレッスンをきっちりされた方の作品は違います。
すばらしい先生に師事されて、本当にすばらしい宝を受け継がれたのだと
感じました。願いどおりに雪の日に亡くなられた先生も、きっとママンさん達後継に夢を託されて、安らかであられたろうと思います。
是非 時々墨絵を描いてご披露下さいますようにお願いします。
2008年01月30日 11:01
すばらしい先生との出会いでしたね。雪しんしんと降る日になくなられた先生の思い出がいつまでも残ります。よい先生に学ばれたのは一生の宝です。椿の絵、墨の色がなんともいいですね。
2008年01月30日 17:14
けっこちゃーん
ママンはものにならないうちにやめてしまいました。
お恥ずかしいお話なんです。この絵もほんとうに恥ずかしいような出来ですし、それに、あとはもうお見せできるようなのはないんです。
色々教えてくださった先生との、短いけれど大切な時間は、今でも忘れられません。
先生は癌を病みながら、いつも前向きで最後まで厳しかったそうです。お亡くなりになるまでずっとやっているお友達のKさんが、法事にご一緒しましたので。
今後も、グループの皆さんだけで、やっていくんですって。ママン達のパッチワークの会みたいに。


2008年01月30日 17:19
森の生活さん
雪がしんしんと降っている時の寂しさはなんともいえませんね。
いつも思い出していました。
そして、そんな日にこの世を去っていったなんて、胸が震えました。
死というものをいつも一緒に抱えながら生きていらしたのでしょうね。
もっと、教えていただいていたらよかったのに思いますが・・、残念です。
nobara
2008年01月30日 17:27
胸を打たれるお話に ひとときでも時間を共有できたママンは幸せでしたね。>雪しんしん 死ぬる時には こんな日に< その詠まれた句のように眠られたのですね。>願わくば花の下にて春しなんその如月の望月のころ<は西行法師でしたか・・私だったらどんな最期を迎えようかと・・考えちゃいますね。椿の墨絵、雰囲気がありますね~やっぱりママンは絵心も言葉の操りもセンスがありますね~素晴らしい。
2008年01月30日 17:47
文章の中に引き込まれました。
病気を抱えながらも前向きな姿勢。
>雪しんしん 死ぬる時には こんな日に
忘れられない句になりました。
2008年01月30日 20:25
nobaraさん
ママンも願わくば花の下にて…のほうです。
褒めすぎです。
先生は結構太っていました。レンガ色のベレー帽で、男の方のようにでんとしていました。
<親父大好き大嫌い>と言う本もありました。
芥川賞の偉大な親を持って、逆らいながらも努力していたのでしょうね。

2008年01月30日 20:29
湖のほとりから・・・さん
真っ白な無の世界に還って行きたかったのでしょうか。
でも、怖いくらいです。
ママンだったら、やっぱり願わくば花の下にて…ですね~
雑念がありすぎます。
病気が彼女を強くしていたのではないでしょうか。
もーちゃん
2008年01月31日 00:10
 すごく すごく お久しぶりです。
雪・・・富山は今年は少ないです。
中学3年の時の担任は千葉から来たばっかりの人でした。冬のある日 ずっと教室の窓から空を眺めていました。大きなぼたん雪が降ってくるのをみてるのが楽しくてしょうがないんだって。それを聞いてから私も雪が降ってくるのを見るのが好きになりました。
 
2008年01月31日 10:25
もーちゃん
しばらくです。お元気でしたか?
今頃は、風が冷たいのではないでしょうか。

たしかに静かに降り積もる雪は心がなごみますね~

寂しさも強いけれど、心がきれいになるようなところもありますね。
2008年01月31日 15:18
ママンさん、またお邪魔します。
実は、私も最近昔の同級生や、お世話になった前職の上司とお別れして、
ちょっと落ち込んでいました。どちらも癌で亡くなられたのです。
特に上司は、まだ定年前だったのに、まるで90歳かと思うほどの痩せようと無念さが残る姿でした。でも、今でも私の心に残っている姿は、転職して、悶々としていた時に優しくご指導くださった姿です。
私のところに時折コメントくださるえちさん・・普段ふざけたことを書いておられますが、本当は?想いの深い人と思われます。
ちょうど、URLのような言葉を乗せていらっしゃったので、ご紹介を・・と思いまして。
http://jitensya-otoko.at.webry.info/200801/article_20.html
2008年01月31日 20:09
けっこちゃーん
再びありがとうございました。
行って来ました、えちごやさん!!
コメントを残したかったのですが、まだお恥ずかしいな・・・と思って。
良い言葉ですね~
何時か終わる命でも、残してくれた思いでは、こちらの記憶のある内は、生き続けますね。そして、力になってくれますね。

栖子先生の本を昨日また読んでいましたら、中にこんな言葉が書いてありましたので、追加で載せたいと思います。
 <体が悪くなくても出来ない事がある。体が悪くても出来る事がある>
2008年01月31日 23:53
ママン なんだか涙が出そうだね。
ママンが墨絵をやってた頃は、すでにオラは関東に来ていたので、墨絵の絵手紙をもらった記憶があります。今でも折に触れ、ぷくへのお年玉の袋が手描きの絵だったりするけど、こんな思い出があったのね。
先生の筆跡が、飾らないお人柄を表すようで、また、残されたお言葉は一つ一つ心に沁みますね。覚えておかなければならないお人、お言葉です。
お言葉どおりの雪の日にというのも、なにか感じないではいられません。
そういえばオラは、願わくば暖かな秋の小春日和が良いかも。とれたての秋の果物の香りと秋薔薇に囲まれて、と。欲張りで煩悩ばかり、まだまだダメのようです。
2008年02月01日 09:01
素敵な先生に出会えて幸せでしたねぇ。一生の宝ですね。心に沁みる言葉です。この方の書も絵も存じ上げませんでした。今度探してみます。
私の母は桜が満開の時に亡くなり、花吹雪に送られて逝きました。私も願わくば母のように花吹雪に・・・と思います。
2008年02月01日 15:12
はいむ
一緒に過ごした時間は、短いけれど、絵のみならず、俳句も随分教えていただいたので、残念でなりません。
痛みや苦しみがあったら、生きる事も大変な事と思ったこともあります。
最後まで生き切ったような先生でしたね~。
死の時は選べないけれど、願わくば・・・花の下にて・・順番に。
2008年02月01日 15:24
べべコママさん
身の回りの景色や草花を書き留めるようなそういう人生を送った方ですね。
そうありたいような、病気を抱えてもこんな風に生きられるんだよと言っているようです。
お母様、満開の桜の花吹雪に送られて・・・願わくば、そうありたいものですね。
その前に、もうひと暮らし、生ききらなくてはいけませんから、まだ先が長いですね ^^; なんちゃって。
蕗ちゃん
2008年02月03日 14:44
素適な絵、心に沁みる句、素晴らしい想い出をお持ちですね。
ママンさんのブログの写真、活花、パッチワークのセンスにいつも感心していましたが、やっぱり、絵を描かれていたんですね。やっとわかりました。ママンさんのマルチな素晴らしい才能・・これからも楽しみにさせていただきますね。
2008年02月04日 08:31
蕗ちゃん
そんなたいそうな物はなんにもありません。
ただ、好きなだけです。
蕗ちゃんこそ、いつも素敵な写真や思いにひきつけられています。
しかも、年齢的にも目標のように頼もしいかぎりです。
いつまでも、好奇心と温かい目で、若々しくお過ごしくださいね。

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