阪神淡路大震災から20年の報道に・・・・いろいろ思う 

阪神淡路大震災から20年。

ダディと二人で勤続30年。<フルムーン>切符で旅しました、大阪から淡路島へ抜け、四国を通り抜け~山口~神戸~・・・
思えば震災のごくごく数年前と言うことになります。

あれから20数年と思えばはるか遠い月日のように思えますが・・・被災された方々にとっては長い長い苦しい日々だったことでしょう。
今でも苦しみから解放されていらっしゃらない方たちの状況も沢山報道されましたし、その後の町づくりの行方や、ドラマや、イベントをTVで沢山見ました。
復興とは何なのか・・・・。


東日本大震災はまだこの間起きたばかりです。
放射能のことも含め、未解決のままのことがあまりに多くて、どうなるのか、他人事ではありません。
政治の昨今の動きを見ると、この先もっと地道に一つ一つの問題をしっかりと解決してほしい。
根本的な解決策と予算を使ってほしい。
国内をもっと見据えてほしいと願わずにはいられません。

高齢者でもできることがもっとあるはずっと思わずにはいられません。
若い方たちに伝えること、災害に対する知識を知ること。
自分が被災した時はどうなるのかを考えること、地域では具体的な対策がどの程度あるのかを知ることなど・・・・。








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この記事へのコメント

2015年01月19日 10:58
神戸の震災から20年でしたね。
私は赴任地の甲府でそのニュースを見たのです。
同じ甲府のマンションで親しかった人が神戸に赴任していて
丁度お腹に第3子が宿って(6か月)倒壊寸前のマンションから逃れて校庭の車の中で凌いだとか・・でした。そのあとすぐにご主人の勤務先を東京の府中に異動して貰いこちらで出産したのでした。信託銀行だったからそういう事が可能だったのかも。その子が二十歳になるのかと感慨深いです。
我が家も東京に戻れるのが決まっていて、今の住まいを調達していました。その年の2月中旬に引っ越ししてきました。戸建の安普請なのでピアノは甲府の知人にお譲りしてきたことを思い出します。そして東京の地下鉄サリン事件など・・車が山梨ナンバーなので怪しがられたり?ね~
特にこの20年、いろんなことがあったのが走馬灯のように巡ります。
被災者の方にはとてつもなく長い時間ですよね~
その後の東日本大震災に教訓が生かされていたのか・・
お役人も政治家も、もっともっと自国の足元を見つめて欲しいです。
震災の日にもよその国に出かけ(嬉々として?)
目の向けかたがちょっとおかしい?と感じてなりません・・
自分たちもですが・・教訓をいかさなければなりませんね。
ママンにすこぶる同感です。
2015年01月19日 12:53
nobaraさん
早速のコメントありがとうございます。
ちょうどTVドラマがあって、大震災で生まれたばかりで助かり、両親を亡くした子供のお話でしたが・・・。
現実にもお知り合いの方にそのような状況にあった方もいらっしゃったのですね。
首相が、援助のために何十億ドル、何十億ドルと言っているのを見て、政治の心はどこにあるのか、怒りでいっぱいになりますよね。
嬉々として・・・
被災して何年も経っても住まいを明け渡さなければならない人もたくさんいるのですね。
こうした報道は見ることもある意味努力がいる時もありますが、せめてたくさんの記録を見ましょうね。
2015年01月19日 21:22
神戸の震、都市型の震災はこんなにひどいことが起こるのだ!と驚愕したことを、つい昨日のことのように思い出しますね。神戸や東日本大震災は衝撃の映像でしたが、わが身に降りかからないと本当の苦難は分からないのかもしれません。
もしあのような震災が東京で起きたら想像を絶する事態になるのでは・・と懸念されていますが、それでもたぶん自分は大丈夫だろう・・として日々の暮らしがつづいているのですよね。

せめて自分の身はまず自分で守ること、困った人を助け合うこと。
その精神を自分の身をもって子や孫に伝え示していくことが大事かな・・と思ってます。
それにしても福島原発に対する政治のあり方には腹が立ちます。
2015年01月23日 20:11
けっこちゃ~ん
こちらにもありがとうございます。
遅くなりましたが・・・。
東日本大震災の当日のことを思い出すと、本当に準備が大切と思うのですが、なかなか進まないのが現実ですね。
地震の当日、裏隣りの一人暮らしの奥さんと、二人で家と家の間で手を取り合って耐えたのでしたが、今度何かあったら、どういうふうにしたらいいのか、具体的に考えて置こうと思ってはいるのですが・・・。

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