超大型台風と 旅行は <南三陸復興視察一泊の旅>その1 「南三陸語り部ガイドとともに聞く・見る」

先週末のお話です。

数日前からTVでの超大型台風情報は刻々と変わり、大きさも速度も計ることが出来ない。

毎年恒例の<OB旅行>に行けるのかいけないのか、決定しかねる状況が数日続きましたので、参加者からの問い合わせも来ております。
前日、ダディはお仕事の関係で、OBレク委員の方たちと合議し「、行く決定」をしました。

22日(日)午前7:00~~集合場所を回り、出発。
全員元気、雨は降っておりますが、今のところは台風の被害らしき兆候は出ておりません。
山形駅西口の霞城セントラルビルは霞の中に立っています。
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22日(日)はまだ東北にも被害が及んでおりませんが・・・23日は、ほぼ ばっちし!っと影響があるようなのですが。
これまた中止にすることも大変な部分もあり、台風の進路とともに、予定を変更しながら旅行会社と相談しながら、船にも飛行機にも新幹線にも乗らない、バス旅行なので・・・・


山交ガイドさんは還暦を過ぎた方です~~でも毎度ご指名で、もう10年、すって。
何を聞いても答えられないことがないほど、知識と感性を持ち合わせた素晴らしい方です。

山交(山形交通)はあの<朝ドラひよっこ>で使われた赤いボンネットバスの会社で~~す(*^_^*)
ママンは4回目の参加です。

今回の旅行のテーマは…<南三陸(震災講話・復興視察・とおの語り部・えさし藤原の里>一泊の旅 です。

いつものような観光旅行とは少し違う・・・震災後7年の現状をガイドサークルの方のお話をお聞きし、現地を見ながら説明していただくということなので、学習旅行ですね~~。

サロン風になっているバスなので、出発とともに、お酒やビールが配られ、外の雨模様などなんのその。

震災講話や視察が終わるまでは皆さんあんまり飲まないで~~っというお達しまで出ましたけれど~~。


10:00着

<南三陸ポーカルセンター>
 は、宮城県本吉郡南三陸町志津川にあります。

早速観光協会の方のご説明と、ボランティアガイドさんのお話を一時間ほどお聞きしました。

防災センター・命の明暗を分けた 大川小学校・戸倉小学校
南三陸病院・卸売市場など、これらの名前は私たちの脳裏にまではっきりと留められているほど、強烈な出来事でしたね。

パネルや映像を使って生々しい災害の当時の現状を拝見しました。

その後は現在の状態を視察するため、ガイドの方とともに、雨の中バスに乗って、防災センター遺構のすぐそばまでに行きました。
周りは小高い土の山で、かさ上げ工事の真っ最中。日曜日なので、人っ子一人いない見渡す限りの土の山と巨大重機のみ。
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防災センターはその中にひっそりと取り残されています。思わず涙が出ました。
中央にうすい緑色の丸で囲んであるのが、防災センター遺構です。
周りはかさ上げした土盛りと重機。                   ↓
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若い女性の職員の方が最後まで<津波が来ます、逃げるように>放送して亡くなったことは全国の人が知っているのではないでしょうか。

川をさかのぼって町を丸呑みにしてしまった津波を防ぐために、川の周りに巨大な盛り土をしています。
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はるか高台に復興住宅・集合住宅・学校などが見えます。
津波で亡くなった町も残酷なものですが、この復興のかさ上げや防波堤の工事はこの街の姿をまったく変えております。
最善の計画を推進しているはず・・・、生命を守るためにはこうするしかないのでしょう。


そのあと、高台に移転された戸倉小学校までバスでのぼり、見学。眼下に海が見えます。

戸倉小学校の子供が、津波について、お年寄りたちから恐ろしさをよく聞かされていたので、避難場所よりももっと上に逃げたほうがいいと言って、ほとんど全員が助かったそうです。
大川小学校は校庭で待機していたためほとんどが亡くなったという対照的な結果になってしまったのです。

ブログ編集中に写真を整理しているうち残りを消去してしまい、高台の集合住宅や復興住宅、学校などの写真をアップすることが出来なくなりました。


当時、ライフライン復旧の仕事でここに派遣されたOB社員の方はバスの中で自分が経験したことを重ね合わせて当時の写真や資料なども持って来て説明したり、回し読みをしたりしましたが、現状があまりにも変わっているのに、胸がいっぱいで男泣きをしていました。

ダディとママンも震災2年後くらいに来たのですが、その時はまだあちこちに瓦礫が残ったり無残な建物の残骸がそのまま放置された風景で、とてもひどいものでした。
しかし、それらが取り除かれて、低地はすべてかさ上げする工事中、川の両側に高くコンクリートを敷きつめる工事中の今の風景は、ママンたちには何と言っていいのかわかりませんでした。

よかれ悪しかれ、被災者は受け入れるしかないのですね。

南三陸ボーカルセンターに戻り、語り部ガイドさんにお礼を言ってお別れし、<南三陸さんさん商店街>へバスは向かいました。約2時間の講話と視察でした。




                      ( つづく  )

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